Ara Pacis (アラ パチス)で考えること

うちの学校から歩いて30秒。実はもの凄い物がみられます。アラ パチス
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時間つぶしに博物館/美術館に行くって本当に贅沢な気もしますが、教授達の時間に対する感覚のおおらかさにはもう着いて行けないので、これくらいのご褒美が無いと私が感じるストレスには釣り合わないでしょう。

先生が授業にいつになっても現れないときは アラ パチス博物館、ここに行くのが一番!
地上階には古代ローマのアウグストゥスの平和の祭壇(これの事をアラ パチスと言います)が

ドオーンと展示されています。
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空間を贅沢に使った、またテベレ川沿いのロケーションを生かした展示方法が素敵です。こんな巨大な物が氾濫の堆積物でうまってしまって千年ものあいだ忘れ去られていたってはっきりいって想像できません。自然の力恐るべし。
アラ パチスの展示してある空間は巨大ながらも心地よく、ちょっと瞑想てき空気が漂っています。先生来なくてイライラしている時にとってもぴったり。2000年の歴史の偉大さの前では教授が来ようが来まいがどうでも良くなってしまうので、他のくだらない考え事もはかどります。
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その地下では巡回展示が行われていて、現在マルクシャガール展です。
聖書の物語を題材とした多くの油彩画、詩のイラストレーションとしての版画などが展示されていますが同時に、幾つかインクでの小さなドローイング作品、ポスター、挿絵の下書き作品も見る事ができます。写真撮影が出来ないのがちょっと残念ですが、上手くまとまっているシンプルな展示です。
その中に「道にトーラー」と言うドローイング作品があって、そこで思い出したのが、日本の絵巻物!

物を見る時どのように視覚は対象をどののように捉えるか、国によって違うのかなあ、と先日から気になっている事なのですが、絵巻物って左から始めて右側に巻き込んでいくのですよね、写経とか普通の巻物だったら右側から書いてあるだろうに、、、平安時代にはすでに区別されていたのだー、と、ちょっと驚き。
現代のコミックとかですと本は右側から始まりますが、内容はそれぞれのページの左上から読むようになっていた様な気がする、、、
作業するための利き手の関係もあるだろうけれど、実際はどのように違いがうまれたのでしょうねえ。
ちょっと方向は違いますが、わたし甘い物が大好きで和菓子なんか目がないのですが、あの美しいお菓子は、お茶といっしょに出される時って何気ないようでも左側に出されるのがルールらしく。これってお菓子の美しさを観てもらうためだそうです。

人が文字を読む時と物を見るときに違う視点(違った捉え方)をもっていると思うと、見ると言う行為は普段無意識にされていますが、本当に簡単ではないなあ。 これが右脳、左脳の役割のなんとかでしょうか、情報って脳の中でどのように処理されているのでしょうね。古代から伝わる本能にこういったことって由来する事が結構あるようですけれど、どんな可能性があるかしら?まあいつか何処かで答えが見つかるにちがいないので、今日はこのへんでやめときます。

自然も凄いが人間の脳みそも凄いぞ。

ちょっとかんがえるとすぐつかれちゃうので最後はやっぱりFassi.
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参考にアラ パチス美術館
http://www.arapacis.it/
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by rondine11 | 2011-01-25 02:34 | ローマ